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英国にいると、アイデンティティとかぶっ壊される

オードリー・ヘプバーン主演の映画『尼僧物語』(1958)を、最近観ました。
これが三回目の視聴かな。
好きな映画のひとつです。



今回、修道院で尼僧になるために厳しい戒律と懺悔の日々を送るオードリー演じるガブリエルの姿を観て、ふと考えてしまいました。
修行のために、徹底して『自我』を無くす訓練をするわけですよね。
思い出のものを手放し、世俗的なものと訣別し、他のシスターとの友情も禁じられ、虚栄心や自尊心は自ら破壊して、それでも上手くいっていないと見なされた時は周囲が親切心から自尊心をぶち壊そうとしてくれる。
とにかく、アイデンティティ―なんてものにこだわってなんていられない。


なんか、似たような経験、あるような気がする。


英国での滞在が長くなると、自尊心をぶっ叩かれるような経験をすることになる。
短期滞在なら滅多に起こらない。
3年の大学留学やら(日系の)会社のなかでなら、それほど無いかもしれない。
新しい経験を楽しんだりとまどったり、環境や英語に慣れたりするのに精一杯だし、周囲の外国人はそこそこエリートで外国人と付き合いの多い人が多いから、それほど無礼な人に会うことは無いかもしれない。


でも、英国でなるべく普通の環境で生きようとすると、自我とか壊さないと英国で生きていけないんだ、と思うこともある。


周囲が私の『自我』壊していく。
中国と日本の違いが分かっているような英国人はごくごくわずか。
大抵の英国人や移民は、そんなものには関心なんてない(そして、自分が無知で愚かという自覚もない。インテリや意識高い系はプライドが高いので、日本と中国の違いを教えてあげようとしても無視)。
そんななかで、日本人としての自負なんて持っているほうがバカバカしくなってくる。
東洋系なんてみんな一緒されるので、中国人や韓国人が差別されるニュースを聞くと、自分が差別されたような気になって本気で怒ることもある。
そんな環境にいるから『アイデンティティ』に揺らぎが生じてくる。
日本での経験や資格や学歴なんて、海外では『無』にされることもある。
英国人やその他の移民系が私を見る目には、単なる貧乏で英語もろくに出来ない中国人しか映らないこともある。
エリアによっては、街頭で宣伝や募金集めをしている人々から声がかからないのだ。
中国人やベトナム人の移民(しかも多分多くが違法の)が多いエリアでは、私は英語が出来なくてお金がなく購買力がなく、更に社会や福祉問題に関心が無い、と見なされるのだ。
(一方、東洋系の学生が多い有名大学の近くのオフィス街で観光地の近くだと、私は募金集めのターゲット。すっぴんでオシャレしてなくても、必ずのように声がかかる)
英国人や他の移民系の人から徹底的な差別的/区別的扱いのために、日本でのほほんと生きていたときには感じたことのなかった日本人としてのアイデンティティが芽生え、強化される。
が、他の日本人に会うと、滞在が長いという理由で「日本人扱い」されなかったり、嫉妬したり羨望してるのを認めたくなくて、代わりに苛めとか村八分とかで他の日本人を貶めて自己の優位性を維持しようとする心の寂しい人が多くて、日本人なんて大嫌い、という感情さえ生まれる。
日本人としてのアイデンティティさえ、英国にいる日本人と接すると鬱陶しいとさえ思うことがある。


私が誰なのか、分からなくなる。
同じ街にいても、エリアによって、グループによって、私は全く違った扱いを受ける。


外国滞在が何故いまだに羨望されるのか分からない。
自我なんて無くしたほうが生きるのが楽だ、と思ったこともあるのに。
それでも、出家して尼僧になるよりは、ずっとずっと楽なんだろうけど。
(にゃんこさんと一緒に生活していた時は、私の不安定なアイデンティティは『にゃんこさんに御飯をあげてトイレを掃除する』という崇高な使命があったので、そんなに気にならなかったのかも)




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コメント

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No title

はじめまして。
海外を経験すると日本人というアイデンティティに目覚めたあげく、日本人が嫌いになる。
その感覚よくわかります。
究極的には主体性のある一個人して成立するのがベストだと思われます。
〇〇人として認められるより個人として認められるほうが嬉しいですしね。

Kenさん、コメントありがとうございます

究極的には主体性のある一個人して成立するのがベストだと思われます。

本当にその通りだと思います。
偏見や差別、他人のレッテル張りに、自己のアイデンティティを左右されてはなりませんよね。
ところが自分が『個』として誇れるものがない〜
う〜ん、自信のなさが問題です。

私の中の日本人

イシグロカズオがノーベル文学賞を受賞したのにはちょっと驚いた。欧州ではどうかしらないが、日本では彼の知名度は低い。

私はイシグロの原作を読んだことはないが、映画とドラマは見たことがある。正直、どれも地味で暗い内容だ。

イシグロは遠い異国にあって、自分の中の日本と日本人をずっと探し続けているのかもしれない。

私も異国を旅をすると「私の中の日本人」を感ずることがある。そういった疑問を解くために何冊かの本を読んだ。

「日本人とユダヤ人」は70年代に書かれた賛否両論ある作品だが、ユニークで今でも多くのことを教えてくれる。

前東京都知事の猪瀬直樹氏は「ミカドの肖像」で天皇と日本人の関係を独特の視点で描いた。

「インドで考えたこと」アジアとの対比の中で日本を考察した名著。

夜長の秋、これらの作品で「私の中の日本人」を探すのも良いかもしれない。

Re: 私の中の日本人

カズオさんは、純文学者ですからあんまりこっちでも知名度ないんじゃないかな〜?
(過半数の国民がTelegraphとかGuardianとかの新聞を読める読解力がないみたいだから)
日本も他国みたいに二重国籍オーケーにしてしまえばよかったのにね、日本のノーベル文学賞受賞者にカズオさんも入ったのに。
日本人の両親で、日本で生まれて、親の仕事の関係で英国に渡ったのだから。

「日本人とユダヤ人」は、少々問題もあるけど感銘を受けた本です。
これがあれば、他の文化論の本はいらないかも、と思ったくらい。
他の本は読んだこと無いでので、読んでみたいです。
こっちの人の殆どは、文化論とか相違とか、基本興味なし。
羨ましいくらいの勘違いと傲慢さ(?!)