ツイン・ピークス最終話。ネタバレちょい含む。

最終話、観ました。
いろいろわからない。
嬉しい、やっぱり、スッキリ終わってくれなくて。
十月下旬に TWIN PEAKS: THE FINAL DOSSIER という本が出版されるので、その内容よっては全く別の見方をするようになるかも知れません。
今現在、明解にツイン・ピークスを説明すると、『シュールな映像作家が描いた多次元/夢落ち/ループもの』で、いいと思います。
(つまり、一見非常に分かりにくい)



1)森のシーンの減少、林業の廃退
今回、私の記憶に強く残っているシーンは
・ジェリー・ホーンの右足がI am not your footと語りかけてくる
・ステーブと愛人との最期の語り、トトロがでてきそうな古くて立派な巨木で(日本だったら、神木として祀られています)
・ジャックラビットパレスの一連

云々、森関係が多い。

多分、今回の新シリーズで一番私が違和感を感じたのは、うっそうと生い茂った木々のシーンが減ったこと。
オリジナルや映画では、若い恋人達は森の中で落ち合ったり、森の中を逃げたり、ウィンダム・アールは森の一軒小屋に隠れたり、深い緑に象徴されるシーンが多い。
パッカード製材所もなくなってしまい、安い木材が外国から入ってくるようになったのか、自然破壊を怖れてか林業はほぼ廃れているようだし、最近のツイン・ピークスの主要産業は何なのかよく分からない。
25年前のツイン・ピークスの町には、製材所や木材の運び屋の仕事(シェリーの夫、レオもやっていた仕事)など、安定して給料のそこそこよいブルーカラーの仕事が多くあったはずだ。
きっと、ブルーカラーの仕事はこの25年で激減したのだろう、他のアメリカと同様に。
最近では、ジェイムズはホテルの警備員の仕事、そし高卒で資格も無いスティーブは仕事がない。
スティーブにきちんとした仕事があったら、もう少しマシな若者になっていたかも知れない。
(製造業の減少にともない失職して、安い給料の仕事に甘んじるしか無いブルーカラー階層の多くがトランプに投票したのを思い出す)
木と共に生き、木で生活をしていたツイン・ピークスが、サービス業に頼るようになって、馴染みの風景が減ってしまった。

ラスベガスのシーンは、建物や街並、登場人物さえも何もかも人為的で、風景もキャラもマンガのようで、観ていて楽しかったけれど、大きく感情を揺さぶられることは殆どなかった。
(119と叫んでいたアルコール/ドラッグ中毒の女性とその子供がある意味一番人間的だったかも。人工的な街、ラスベガスで上手く生きていけない人達だったから)


2)クーパーとファイアマン、ちょっと利己的?
ホントにファイアマンは、わざわざ英国から若者をリクルートしてきたの?
特別なパワーを授ける相手は、他のツイン・ピークスの住民(メインの保安官達は万が一のための待機要因としても、ジェイムスとかエドとか、いくらでもしっかり仕事をしてくれる人はいそうなのに)。
ゴードン/フィリップ達の計画がいまいち、う〜ん。
そんなに簡単に、全く関係ない人物をリクルートできるのなら、アジトにいたレイの仲間にあの緑の手袋を渡してしまえばよかったのに。
ただ、ここに至までに既に何度もトライして失敗してループしまくっていたのかも知れない。
そして、クーパー。
ダギーというトルパは子供をもうけた(それが可能ってことがよく分かりませんが。ダギーが消失しても、子供には影響ないって?)。
そして、またトルパをジョーンズ家に送る。
それがジェニー・Eやサニージムにとって一番幸せなことかも知れないけれど、それよもクーパー本人が幸せになりたいからトルパを作ったのでは?(トルパと本体は、どこかで繋がっているみたいだし)


それよりも問題なのは、フィリップに、ローラが亡くなった日に戻りたいと要請する。
そして、ローラを帰宅するようにうながす。
性的に虐待する父親のいる家庭に、帰るように。
ローラが殺されないようにするため?
それが一番大切なこと?
あの日、ローラが助かったとしても、あれ以上可愛い良い女子高生を演じることも不可能になっていただろう。
父リーランドの虐待は続き、ローラはコカインを摂取し続け、ドラッグのお金欲しさに売春を続け、親友のドナも恋人のボブもジェイムズも何も出来なかったかも知れない。
それか、ローラは自殺を図ってしまうか、ドラッグの過剰摂取で死に至ったか。
クーパーの行為が、よく分からない。
ただ、今回の新シリーズで感じたことは、クーパーはちょっと変わっているけれどしっかり者で倫理観の高い尊敬できる人物というわけではない、ということ。
まだ高校生だったオードリーの恋心をやんわりと優しく断ったけれど、その時生まれた欲望はドッペルゲンガーのクーパーに受け継がれてしまった。
ダギーのクーパーは、オードリーの象徴、警察署にいた女性が履いていた赤いハイヒールに魅惑される。
そして、同じく赤いヒールを履いていたジェニー・Eと枕を交わす。
オードリー、そして彼女とドッペルゲンガーのクーパーの子供、リチャードへの責任感とか罪悪感はないのだろうか。
トルパと関わったジョーンズ一家だけを幸せにして。
そこに欺瞞を感じざるを得ない。


3)もし続編があるとすれば、更にセカイ系っぽくなるかも
ログレイディのお言葉、Laura is the one。
最初はローラが『セカイを救う』救世主という意味かと訝しがってしまったけど、最終話から察するに『ローラが救われる』ことが『セカイを何かから(ジューデーから)守る』から ”Laura is the one” と解釈するほうが自然であるような気がしました。
オリジナルテレビドラマ版では、最初のクーパーの使命はFBIの特捜官として、ローラを殺した犯人を探すことだった。
『リターン』は、ボブの破壊とは、序章に過ぎなかったことに後半になってようやく分かる。
クーパーの真の任務とは、ローラの人生を変えること。
邪悪な何か、ジューデーが世界を破壊/侵蝕しないように。

いわゆる日本のアニメ等でよく使われる『セカイ系』的構造が見え隠れする。

八話終了後の感想でも書いたけど、ツイン・ピークスがエヴァっぽくなっていると感じた。
終了後、ほぼエヴァだと思った。
クーパーも、碇シンジ君的に欠点の多い人間のようだし。
ファイアマンも、完璧ではない。

私の見方が間違っていると思いますが、日本のアニメ的見方をすると、ツイン・ピークスがしっくり入ってくるのです。
勿論、これからも誰かの考察を読んだり聞いたりTWIN PEAKS: THE FINAL DOSSIERを読んで、私の思っていたことが全部ひっくり返されるて目からウロコが落ちるような経験を何度もすることになるでしょう。
自分の見方が間違っていたと気付くことさえ快感だから、ツイン・ピークスは止められません。




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