卍(まんじ)の歴史 〜大英博物館〜

卍(まんじ)で思い出すのは、小学校で習った寺院を表す地図記号のマーク。
しかし、ところ変わればその地の人々が思い出すのはドイツのナチ。
正確には日本人が慣れ親しんでいるのは左卍。
ヒットラーが採用したナチのシンボルは右まんじ(卐)。
そんな細かいところにまで注意がいくほどヨーロッパ人は繊細ではなく、まんじに対する偏見さえもっていて寂しい限りです。
まんじのシンボルの歴史は古く、数千年に及ぶそうです。
シッタルダの生まれるよりずーっとずーっと前のこと。
ヒンドゥ−教でも使われていました。
洋の東西を問わず幸運のシンボルとして認識されていたそうです。
ナチドイツが採用するまで。


インダス文明にまで遡る卍。
ガイドさんによると、人類史上初めての文字はここで発見されているそうです。
残念ながら解読されていなので、古代エジプト文明の象形文字やメソポタミア文明のくさび形文字ほど多く語られることはないのですが。
しかも、洗練された都市計画にもとづく街を造ったそうです。
まんじ模様が発見されたのは、紀元前2世紀。
4000年ほどの歴史をもつシール(印章)のいくつかが展示されています。
2センチくらいの小さなシールです。
左側が印章そのもの、右側が印章からできる形。
ここでは右まんじですね。
2013-11-29 mannji4

こちらがまんじ。
現物は小さいので、ガラスケースにへばりついてじーっと観察しました。
2013-11-29 mannji3

解説文。
2013-11-29 mannji2




更に古代ローマの展示室に行くと、再びまんじに遭遇します。
ドイツの有名な考古学者シュリーマンがトロイの遺跡を発掘中にもまんじを発見したといいます。

銀の食器の中央にまんじが描かれています。
2013-11-29 mannji

北東部のガリア地方(現在のフランス?)で230−250年頃に製作されたようです。
幸福のシンボル。
過去のようにまんじが再び認知される日は、もう来ないのでしょうか。

2013-11-29 mannji4






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コメント

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No title

こんにちは!

そうなんですよね!左卍に右まんじ。
詳しくはわかりませんがナチが利用したほうはまんじとは言わないって聞いたこともあるような?ないような?

右も左も見てないから日本の地図をみてナチの何があるんだーなんて外人さんいるかもしれませんね。
同盟国だったし。

ナチは神秘的な力を手に入れようとした形跡もあり
もしかしたら幸福の意を持つ卍を反転して別の力を手にしようと願掛けしたのでしょうか?

それとも難航不落といわれたトロイの遺跡からも出たということは、右まんじには戦争に勝利とか不落の意味が昔はあったのかも?しれないですね。
どうなんでしょう?う~ん知りたくなってきた。

No title

残念ですよね、こんなに歴史のあるシンボルなのに、ぽっと出のナチに使われたがばっかりに悪い印象ばかり、、。世界各地いろんな宗教で使われてきたシンボルだから、幸福の印以外に深い意味があるのでしょうか。気になりますねー。

ドラゴさん

まんじは「幸運」のシンボルみたいだったから、何にでも使っていたのかも。
ナチの一件ですっかり幸運でも何でもなくなってしまいましたが。
なにせ西洋の考古学者のほとんどが聖書に関する地ばかり掘りまくって、関係ないインダス文明はそれほど熱心に調べてなかったみたいだし。
願掛け、効くかな、今でも。

なもこんさん

このまんじの古い由緒ある歴史が、潰された〜。
古代ローマの銀食器みてこっちの人は「なんでナチのシンボルがこんなところにあるんだ?」って、ガイドさんに聞いてました。
で、ガイドさんも分かってなくて、ダブルショックです。